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【第4回】研究者が徹底解説・表面処理のポイント 〜産総研に聞く、表面改質・分析・薄膜の最前線〜

【第4回】研究者が徹底解説・表面処理のポイント 〜産総研に聞く、表面改質・分析・薄膜の最前線〜

掲載企業国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)

【第4回】薄膜で光を操る調光フィルム —ドライとウェット成膜法、それぞれの特長を活かした産総研開発の調光デバイス

この連載記事では、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)の田嶌氏にご協力をいただき、「表面改質とは?」「薄膜形成とは?」という技術の基本から「これらの技術を活用することでできること」に至るまで、表面処理の品質向上に向けた様々なポイントを紹介している。 

第3回までの各回では、表面処理の基本、表面改質のポイント、そして「良い改質」を実現するための表面の評価方法についてそれぞれ紹介してきた。

そして最終回となる第4回では、表面処理のもうひとつの大きな要素である「薄膜・コーティング」について述べる。薄膜形成とは何か、そして薄膜を活用することでどのようなことやアイテムを実現できるのか。本記事の後半では薄膜技術を活用して産総研が生み出した革新的なデバイスについても合わせて紹介する。 

 

【この連載でわかること】

薄膜形成・コーティングとは?  
〜2つに大別される成膜法と、使い分けのポイント〜

薄膜形成(コーティング)とは?  
―ドライ成膜とウェット成膜の違い 

表面改質と並んで表面処理を構成するもうひとつの要素が、薄膜形成だ。一般的には「コーティング」と呼ばれることも多い薄膜形成だが、これは表面に何か別の層を付加することで、目的に応じた効果を得るというものだ。薄膜形成の目的は機能付与を中心に耐久性向上、外観品質向上などがある。 

ではその「膜をどう作るか」という成膜法についてだが、これは大きく2つの方法に大別される。1つはドライ成膜(ドライプロセス)だ。これは溶媒を使わないプロセスのことで、具体的な方法としてはスパッタリング、真空蒸着、イオンプレーティング、CVD(化学気相成長)などがある。例えば蒸着やイオンプレーティングでは真空中で材料を加熱し蒸発させることで、スパッタリングではイオンビームを材料(ターゲット材)に衝突させ弾き飛ばされた原子が対象物に堆積することで成膜する。ドライプロセスにいずれも共通しているのは、真空や気相中で成膜を行うため「均一で緻密な薄膜を形成できる」という点だ。 (ドライ成膜についてはこちらの記事も参照) 

そして、もう1つがウェット成膜だ。これは材料を溶媒に溶かして成膜する手法で、身近なものだと塗工やスプレーコーティングが分かりやすい。ポイントは「溶液に溶かした材料を対象物に付着させている」という点だ。このため、溶媒やその中に含まれる添加剤が膜にも残るものの、塗布や浸漬だけで処理が完了し量産性が高いのが特長だ。

ドライ成膜とウェット成膜の使い分け  
―緻密さのドライ成膜、量産性のウェット成膜 

ドライ成膜の最大のメリットは前述の通り「極めて緻密な膜、ナノレベルの薄い膜を作れる」ということだ。蒸着もスパッタリングも、材料を原子・分子レベルで堆積させて成膜していく。このため、ナノレベル(厚さ数nm~)の緻密な膜厚制御と、材料とほぼ同等の組成を持つ高い膜密度での成膜が可能なのだ。 

このメリットを活かして、ドライ成膜は主に産業分野では半導体やエレクトロニクス(ディスプレイや光学薄膜)などの成膜に用いられている。なお、ドライ成膜ではいずれのプロセスでもチャンバー内での成膜が必須となるため、大きなアイテムの成膜には設備・材料コストが高くなる傾向にある。加えて、成膜スピードが遅く、厚付けをしようとすると時間がかかる点も注意が必要だ。 
 

一方、ウェット成膜はこの欠点を補うプロセスといえる。ウェット成膜では材料を溶かしたインクや塗料を表面に塗布し(あるいはスプレーのように吹き付けて)、乾燥させると成膜は完了する。このため、大面積の成膜でも工程にかかる時間が短く済むのが最大の利点といえる。加えて、塗工装置は大型のものでも比較的手に入りやすく価格も安いほか、また常温常圧下で塗工を行うため真空設備が不要な点も大きなメリットだ。 

このメリットを活かし、Roll-to-Roll(ロールツーロール)での薄膜形成手法としてフィルムやロールへのコーティングでしばしば用いられるほか、近年ではペロブスカイト太陽電池の製造などにも用いられている(参考事例:倉元製作所の取材記事)。一方、溶液を塗ったり吹き付けたりして成膜するため、薄くても厚さはミクロンレベルからとなるほか、分散剤やバインダーといった添加物が膜に残る(あるいは揮発してその部分が空洞になる)ため膜密度や組成という点ではドライ成膜には劣る。また、塗布だけでなく乾燥工程における環境も膜の質を左右するため、膜の再現性の担保では十分な検証が必要となる。

次章でも詳しく紹介するが、田嶌氏はウェット・ドライのそれぞれの成膜方法を活用した調光フィルムの研究・開発を行っている。両成膜プロセスに詳しく知る同氏は「ドライとウェットのどちらでも作れる膜であれば、ウェットで生産できるようにしていくことが量産性の点では理想的です。しかし、ドライで作ったものをウェットにしようとすると膜密度や添加物の残留など、検証しなければいけないことが数多く存在します」と説明する。 

ドライ・ウェットそれぞれの特徴を理解し、「どのような条件の膜を作りたいか」によってプロセスを適切に選択することが、薄膜形成においては重要とだという。 

薄膜技術を用いたデバイスとは?  
~産総研が開発した革新的な調光フィルムについて~ 

調光デバイスとは?  
―電気で透過率を制御するエレクトロクロミックの仕組み 

本記事の締めくくりとなるこの章では、薄膜技術を活用して産総研が研究開発を行っている「調光デバイス」について紹介する。調光デバイスとは、光学特性が外部の刺激によって変化するデバイスのことで、電気によって特性が変化するエレクトロクロミック(EC)や、可視光によって変化するフォトクロミックなど様々なものが広く用いられている。ボーイングB787型旅客機の窓の電子シェードなどは読者の各位も一度は目にしたことがあるだろう、まさにあれがECだ。昨今では気候の変化によって酷暑化が進んでいるため、こうした調光デバイスは建物や乗り物でのニーズが増大している。 

エレクトロクロミックは、電圧を加えることで内部材料を化学的に変化させ透過率を変化させる仕組みのため、可逆性とメモリ性に優れている。具体的には、逆の電圧を加えれば透過率をもとに戻すことができるほか、一度変化させた後は電圧を加え続けなくても透過率を維持することができるといった具合だ。「エレクトロクロミック調光デバイスは二次電池に類する原理を有しています。特に我々のデバイスはメモリ性に優れるので、電池の充電のように一度状態を変化させるとその状態をキープできます。このため、建物や駐車中の自動車など、常に電圧を加え続けるのが難しい環境での使用に適しています」と田嶌氏。 

そんなEC調光デバイスだが、いくつかの課題が存在する。代表的な課題として、応答速度、耐久性(長寿命化)、透明状態での透明度などだ。電池のように内部状態の変化で透過率を変えるため、大面積のものでは変化に要する時間が液晶などの類似技術と比べて長くかかる。また、繰り返し変化時の性能低下(電池の容量低下のようなイメージ)や物理的な変形・劣化による破損リスク、さらに製造にかかるコストの高止まりなどもまた、社会実装にあたって課題となる点だ。これらの点を克服すべく、田嶌氏を中心とした産総研のグループでは日々研究に取り組んでいる。ここでは代表的な2つの研究事例を紹介する。 
 

マグネトロンスパッタ法を用いた調光ミラーデバイスの開発事例 
―数nmの触媒層が高性能化のカギ 

まず1つ目が「調光ミラーデバイス」だ。これは電気的に透明状態とミラー(反射)状態を切り替えられるデバイスで、田嶌氏が10年ほど前まで研究開発を行っていたものである。現在の田嶌氏の基盤技術である薄膜形成やコーティングの多くも、このデバイスの研究開発を通して培われたものだ。この時期の薄膜形成やコーティングはほとんど、マグネトロンスパッタ法を用いた真空プロセスで行っていたという。「当初はEC材料にMg-Ni合金を用いて製作したのですが、透明状態でより無色透明に近くなる材料を探した結果Mg-Ti合金に辿り着きました」と田嶌氏は開発当時を振り返る。 

このデバイスは極めて緻密な構造となっており、Mg-Ti合金をはじめとした数層の薄膜を1層ずつスパッタリングで成膜し重ね合わせて製作したという。透明状態とミラー状態を切り替える速度(スイッチング速度)はMg-Ti膜の合金組成比率で変化することから、反応速度と高い透過率を両立するためには、成膜時に合金比を数パーセント単位で制御することが必要となる。田嶌氏は、複数のスパッタリングターゲット(膜の材料)にかかる電圧を同時に制御しながら合金を成膜できる装置を自ら設計し、所望の合金比での緻密な膜の作成を可能とした。 
参考:(https://doi.org/10.1016/j.solmat.2009.05.008) 
「合金比も難しい要素ですが、成膜時の圧力でも性能が変わってしまうので、非常に制御が難しい部分でした。このほかにも、反応速度を高めるための触媒層は数nmの膜厚の違いが性能に大きく影響するため、このあたりの成膜もシビアな条件設定が必要でした」と田嶌氏は開発当時を振り返る。 
参考:(10.1016/j.tsf.2010.09.021)

実用に耐えうる十分な耐環境性能を確保するために、UV樹脂を表面保護層として導入する改良も行った。これにより大気中の酸素や水分の影響を最小限に抑え、気温30℃-湿度80%・1か月を模擬した加速劣化試験にも耐え抜く高い耐久性を実現した。

参考:(10.1143/APEX.3.042201)

「表面保護層には副次効果もあり、多層膜の干渉効果により最大透過率とスイッチング時の光学特性の可変幅(透明とミラーの光学特性の差)が向上しました」と田嶌氏。加えて製造プロセスについても見直し、機能層を成膜した2つの透明基材を接着性電解質で貼り合わせる手法を開発した。これは現在の接着関係の研究に繋がっているという。 
参考:(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120214/pr20120214.html) 

 

調光材料のインク化と塗布技術を用いた調光フィルムの開発事例  
―ウェット成膜の強みを活かし、自動車や建物での社会実装を目指す 

2つ目が「調光材料のインク化と塗布技術を用いた調光フィルム」で、このデバイスに用いた材料の1つがプルシアンブルー(PB)である。これは金属有機構造体(MOF)の一種で、葛飾北斎の浮世絵にも用いられるなど古来より青色顔料として知られている素材だ。近年ではナトリウムイオン電池の正極材としても活用が期待されているPBだが、田嶌氏らはこれを調光フィルムに活用した。 

「PB薄膜と酸化タングステン(WO₃)薄膜を電極で挟むことで、二次電池と似た構造を持つ調光フィルムを製作しました。イオンの出し入れによって透過率が変わる仕組みで、キャリア(電荷を運ぶ物質)にはコストと安定性を鑑みてカリウムを用いました」と田嶌氏。PBをそのまま用いると青系のフィルムになるが、PBに含まれる鉄を他の金属(ニッケルや銅)で置き換えることで青系以外のフィルムも作製できるという。 
参考:(https://doi.org/10.1039/c9ra09153j)

調光フィルムの製造方法の一例(産総研プレスリリースより引用) 
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200128/pr20200128.html

そして、このデバイスの最大のポイントは「水系塗料の塗工と貼り合わせのみで製造ができる」という点だ。PBナノ粒子を分散させたインクを塗った基板(片側の電極)と酸化タングステンを塗った基板(もう片側の電極)を接着性電解質で貼り合わせることで製造が完了する。「30mm四方のサイズからスタートして、現在では500mm四方のものまで作製できるようになりました。サイズを大きくする過程では、塗布ムラを防ぐためにインク性状の改善なども行いました」。製造におけるすべての工程を常温常圧下で可能なため、Roll-to-Rollでの量産にも対応しているという。まさに「ウェット成膜の強み」をフルに生かしたデバイスなのだ。 
参考:(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200128/pr20200128.html) 

このデバイスは乾電池1本程度の電圧で動作し、調光状態は無電源で数ヵ月間程度維持できるという。遮光効果も高く、実際の環境を模擬した試験では他のガラスと比べて10度以上低い気温を実現した。今後はより高い意匠性を獲得するための新材料の開発と、生産性の改善や品質安定化を実現できる製造プロセスの確立を同時並行で検討し、早期の社会実装を進めていく狙いだ。 

そしてこのようなデバイスの開発においては、産総研が目下取り組む「研究DX」の成果が発揮されている。「インクの組成から薄膜デバイス性能を予測するシステムの構築や、デバイスの各種特性測定結果の自動処理など様々な工夫を行っています」と田嶌氏。QBoostという量子アニーリング手法を取り入れることで、通常の機械学習のような膨大な学習データに依存せずとも、少ないデータの中から有力なインク組成候補を絞り込むことを可能とした。
参考:(https://doi.org/10.1021/acsanm.5c05044)

まとめ:ドライ・ウェットの両成膜プロセスの強みを活かすことで、機能性表面だけでなくアイテムの製作も可能

薄膜形成は「表面に別の層を足して機能を加える」表面処理手法で、緻密さに優れるドライ成膜と量産性に優れるウェット成膜に大別される。産総研はこれらの薄膜技術を用いて、電気で透明とミラーを切り替える調光ミラーや、塗工のみで製造可能な調光フィルムを開発した。とくに後者は、乾電池1本で動き無電源でも数ヶ月の状態保持が可能な省電力性能と、遮光状態での高い温度低減効果(10度以上)の両立が可能。自動車や建物での社会実装を目指し、今後は安定的な量産プロセスの確立を目指す。 

  • 薄膜形成:「新たな層を足す」ことで目的に応じた効果を得る 
  • 緻密さのドライ成膜と量産性のウェット成膜。用途に応じた使い分けが重要 
  • エレクトロクロミックによる調光デバイスは、二次電池に似た構造で可逆性やメモリ性に優れる 
  • マグネトロンスパッタ法を用いた調光ミラー: 
    スパッタ法の緻密さを活かした多層膜で透明・ミラー状態を切替、貼り合わせ法による製作方法も確立 
  • 調光材料のインク化と塗布技術を用いた調光フィルム: 
    水系塗工+貼り合わせプロセスで量産が可能。乾電池1本で動作し10度超の遮熱効果も 
  • 産総研では研究DXを活用している。インク組成探索には量子アニーリング手法(QBoost)なども活用 

表面処理技術を活用することで、高品質なアイテム作りが可能に! 

ここまで4回にわたって産総研の田嶌氏・田中氏にご協力いただき、表面処理の基礎から薄膜技術を活用したアイテムまで横断的に紹介してきた。最後に、記事を通して読者諸兄に伝えたいことは下記の3つだ。 
 

①高い機能を持った「良い薄膜・良い接着」を実現するためには、下処理となる表面処理・表面改質が非常に重要となる 

②効果的な表面改質を行うには、表面状態の定量評価と裏付けに基づいたプロセスの選択・条件設定が不可欠

③産総研では国内トップクラスの研究設備と研究DXをフル活用し、表面処理に関する基礎研究だけでなく薄膜を活用した革新的なデバイスの開発までを一気通貫で行い、新材料の迅速な社会実装を支援している 
 

表面処理・表面改質を行う際には①や②を念頭に置いたプロセス設計を行うことで、より効率的・効果的な機能の実現が可能となる。定量評価や裏付けに基づいて効果的な表面処理を行うことで、単なる機能付加だけでなく、本記事で紹介したような画期的なデバイスの開発さえも可能となる。 

そして、企業のみで対応できない事柄については産総研との協業が効果的な手段だ。産総研では国内・海外問わず様々な企業に対して門戸を開いており、積極的に共同研究を募集している。産総研は今後も、日本最大級の研究機関として社会に存在するあらゆる課題の解決に向けた研究に取り組んでいく。 
 

掲載会社情報

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)

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