業界特集
掲載企業国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)
【第3回】表面分析の重要性とは? —表面・界面を”定量的に”測り、再現性の高い「良い改質」を実現する
この連載記事では、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)の田嶌氏にご協力をいただき、「表面改質とは?」「薄膜形成とは?」という技術の基本から「これらの技術を活用することでできること」に至るまで、表面処理の品質向上に向けた様々なポイントを紹介している。
第1回と第2回では、表面処理の重要性・手法と選択のポイントについて取り上げたが、第3回となる今回は、表面処理による表面改質の品質向上のために不可欠となる表面分析の基本と、産総研における表面・界面分析の取り組みについてご紹介する。なお今回の内容では田嶌氏に加えて、産総研で表面分析を専門に行う田中氏にもお話を伺った。
【この連載でわかること】
表面分析の重要性とは?
〜機能発現の場である「界面」から表面状態を読み解く〜
なぜ「界面・表面状態の定量把握」が表面処理の品質を左右するのか?
目的に応じて様々な改質方法が存在し、それらの選択が成膜や接着の品質に大きな違いを生み出すことは第2回でご紹介した。では、材質ごとに最適な改質方法を選択するにはどうすればいいのだろうか。重要なのは、「界面」「表面状態」の正確な評価と、定量的な裏付けに基づいた改質方法の選択・条件設定だという。田中氏は「異なる2つの物質の相(物質の状態)が接している界面は、様々な機能が発現する場所です。界面の状態や、界面における現象を正確に観察し定量的に把握することで、より良い改質が可能となります」と説明する。

界面と聞くと接着のイメージが強くなりがちだが、接着のような固体-液体界面は数ある種類の界面のうちのごく一部に過ぎない。例えば固体-真空界面では表面状態が発現するほか、固体-固体(薄膜)間では薄膜の成膜状態が発現する。このように、異なる2つの物質の状態が接している部分はすべて界面なのだ。つまり「どのような改質を施したら、どのような界面になったか」を定量的に把握できれば、それが「良い改質」、ひいては「良い成膜や良い接着」への最短ルートとなるわけだ。

界面や表面の状態を評価する手段とは?
―製造業の現場でもよく用いられるXPS法とFT-IR法
界面や表面の状態を定量的に把握する手法は数多くあるが、「何を」知りたいかによって様々に分かれ、それぞれ専用の装置や器具が用いられる。

(文科省資料「先端計測分析技術に関する俯瞰報告」P13より引用)
例えば前回(第2回)で述べた液滴の接触角は、固体表面に対する液体の濡れ性を表す指標だ。接触角は固体-気体界面の「表面自由エネルギー」、液体-気体界面の「表面張力」、そして固体-液体界面の「界面張力」という3つの釣り合いで決まる。そのため、接触角と液体の表面張力を測定することで、濡れ性だけでなく固体の表面自由エネルギー(≒固体に働く表面張力)も求めることができる。このように、界面の様々な情報を知ることで、表面改質によってもたらされた効果を、定量的に把握することができるのだ。
そして、濡れ性の評価と並んで改質状態の判定に重要なのが、「表面に付着した原子(化合物)の種類や量、そしてその化学状態」を知ることだ。
X線光電子分光(XPS)法を用いると、「どのような元素が」「どれだけ」あるかを知ることができる。対象物にX線を当てると対象物から光電子が飛び出すが、この光電子は「何の元素に結合していた電子か」でエネルギーの大きさがすべて異なる。そのため、飛び出してきた光電子のエネルギーを測定することで「どのような元素が、どれだけあるか」を読み取ることができるというわけだ。加えて、XPSでは原子同士の結びつき(化学結合状態)や薄膜の膜厚も評価・測定することが可能だ。
また、フーリエ変換赤外分光(FT-IR)法を用いると「有機物が、どのような化学構造を持っているか(≒どのような化合物が存在しているか)」を知ることができる。すべての化合物は、分子を構成している原子の質量によってそれぞれ異なる固有振動数を持っている。FT-IRでは様々な波長の赤外光を照射するが、化学構造の持つ固有振動数と波長が一致する赤外光が分子に吸収される。これを捉えることで、そこにどのような化合物が存在するかを同定することができるというわけだ。
表面付近の有機物のみを分析する際にはATR法という手法が用いられており、この方法では対象物表面の数μmの領域の情報を知ることができる。産業分野の現場でもFT-IRはしばしば用いられており、表面汚れの分析や異物の物質特定などの目的で使われている。

「全国に2台だけ」NAP-XPSとは? ―大気に近い環境で測る最先端装置
これらの一般的な測定器に加えて、産総研では全国でも有数の最先端の設備を活用し、界面や表面状態の定量的な把握と理想的な成膜・接着を実現するための基礎研究を行っている。
代表的な物が、NAP-XPS(準大気圧X線光電子分光)測定装置だ。測定の原理は前述のXPSと同様だが、特筆すべきは「通常のXPSと比べて大幅に常圧に近い環境(〜0.1気圧)で測定ができる」という点だ。対象物から飛び出した光電子はガス分子に衝突すると散乱されてしまうため、通常のXPSではチャンバー内を高真空(極めて分子が少ない状態)にする必要があった。このため、従来のXPSでは固体-真空間の界面しか測定できなかったのだ。

これに対してNAP-XPSは、飛び出した光電子をノズルからすぐに「電子レンズ」を用いて“引っ張り上げる”ことで、チャンバー内を高真空にせずとも光電子を検出できるようにした。これがNAP-XPSの最大の特徴だ。これにより、従来では不可能だった「固まる前の塗料」や「動作中のデバイスの様子」をそのまま測定することが可能となった(オペラント測定)。
「より自然に近い状態で表面分析ができるため、改質状態の判定だけでなく、薄膜が形成する過程や、触媒・電池などが動作する際の反応も観察することができます。チャンバー内にプラズマ処理装置がビルドインされているので、プラズマ処理をしながら改質状態を観察することもできます」と田中氏。従来のXPSには不可欠だった真空引きの工程が不要となることで、短時間でより多くの観察ができる点も、NAP-XPSの強みだという。


他にも多様なラインナップを誇る産総研の先端分析装置
―SAICAS・SFG分光などで「内部に隠れた」界面も観察可能
このほかにも産総研では様々な機器を活用して研究を行っており、ここではその例としてSAICAS(表面・界面物性解析装置)とSFG(和周波発生)分光装置を紹介する。
SAICASは材料の表層を一定の速度と力で斜めに切り出す装置だ。膜の断面を露出させて密着状態を観察できるほか、切り出す際の力を測定することで膜のせん断強度や剥離強度も評価することもできる。特に膜が何層にも重なった多層膜の深さ方向の評価に有効な手法だという。

SFG分光(和周波発生分光)装置は、物質の界面の数nm分だけに存在する分子を選択的に観察できる装置だ。波長の異なる2つのレーザー光(可視光+波長を変えられる赤外光)を試料に重ねて照射すると、両者の振動数を足し合わせた光(SFG光:和周波光)が発生する。この光は物質の内部(バルクという)では分子の対称性のために打ち消し合ってしまい、対称性が崩れる最表面・界面でのみ生じる。このため、得られる信号(出てくるSFG光)は界面の分子だけに由来する光となる。このため、この光を測定することで、界面にどんな分子・結合がどの向きで存在するかなどの情報を読み取れるというわけだ。前述のXPSなどでは捉えにくい「接着面や薄膜の下に埋もれた固体-液体・固体-固体界面」で何が起きているかを、非破壊で調べられるのが大きな強みだ。

このような先進的な測定設備を数多く活用することで、基礎研究だけでなく産業分野で生じた課題の解決支援を行うこともまた、産総研の大きな役割のひとつと言える。
まとめ:「界面」「表面状態」の定量的な測定で再現性のある「良い改質」が実現
界面は「様々な機能が発現する場所」である。「どんな改質をしたら、どんな界面や表面になったか」を定量的に把握することが、良い成膜・良い接着への最短ルートとなる。そして、界面の「何を知りたいか」で用いられる機器は様々あり、表面に付着した原子の種類と量はXPS、有機物の分子構造はFT-IRなどで測定できる。

産総研は大気に近い環境で測れるNAP-XPSなど最先端装置を駆使し、「固まる前の塗料」や「動作中のデバイス」といった従来は見えなかった界面まで観察している。産総研では最先端の機器を駆使した表面分析の研究を通じて、産業分野における課題解決を支援している。
- 界面 = 機能が発現する場所。界面の様々な要素を定量測定することで、改質状態やメカニズムを正確に評価できる
- XPS:表面の原子の種類・量・化学結合状態・膜厚がわかる
- FT-IR:表面有機物の分子構造を同定できる。汚れ・異物分析などにしばしば用いられる
- NAP-XPS:大気に近い環境でXPS測定を行う。塗料硬化の過程やオペラント測定も可能
- SAICAS:材料の表層を一定の速度で斜めに切り出して観察できる
- SFG分光:物質の界面の数nm分だけを選択的に観察できる
- 産総研では数多くの先端装置で、産業の表面処理・接着課題の解決を支援
次回の記事では、表面処理のもう1つの大きな要素である「薄膜・コーティング」に関する技術と、薄膜技術を用いて産総研が開発した画期的なデバイスについて紹介していく。(第4回の記事はこちら)
