成長企業の経営戦略
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挑む経営者特集 第4回-大野精工 大野 龍太郎氏- 闘うプロレスラー社長!「I am OHNO!」事業継承の苦難も乗り越え、更なる事業拡大を達成
大野精工株式会社
代表取締役 大野 龍太郎 氏
掲載企業大野精工株式会社
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主要3品目
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精密部品加工
超鏡面仕上加工
試作品製作
「展示会に立っていると、サインくださいと言われることもあってうれしいですね。プロレスがなかったら人生が違っていたと思います。後悔はありません」名古屋市のプロレス団体「スポルティーバエンターテイメント」から35歳でプロレスラーとしてデビュー以来、試合数は7カ月で55戦。デビュー2か月でベトナム・ダナンでも試合に出ており、世界デビューも果たしている。それが大野精工株式会社の代表取締役大野 龍太郎氏だ。合計5社の社長を務める大野氏が、なぜプロレスラーになったのか。そこには順風満帆に見える大野精工の、破天荒な事業継承ストーリーがあった。
ベトナム・ダナンに新工場建設でグローバル化推進
M&Aで更なる事業拡大
大野精工株式会社は自動車関係の部品加工などを行う精密機械加工会社だ。ベトナム工場は現在2拠点。ホーチミンに加え2026年1月にはダナンにも新工場を建設した。ダナンは日本人にも人気のリゾート地だが、コロナ禍で観光収入が減少したことで企業誘致を行っていたという。ベトナム現地法人の社長の縁もあり、ダナンへの進出を決めた。「ダナンには今後日本の駐在員を置く予定です。治安も良く安全で渋滞もない。物価も安い。家族で行きたいと思える場所がいいなと思い、ダナンに工場を開きました。」と大野氏。ベトナム拠点は、これまではほとんど自社の仕事を行っていたが、現在はアメリカやヨーロッパを中心に営業を拡大。今後はグローバルの営業拠点としていく。対応業種も自動車関係のみならず、航空機や半導体関連など拡大中だという。
2020年にM&Aした株式会社タイナテックは、モリブデンワイヤ加工機を自社開発している。モリブデンワイヤは切れにくく、加工速度も速い。構造がシンプルのためイニシャルを抑えられるだけでなく、省エネ効果も高い。ワイヤ放電加工機は大型機が多く、研究室やラボなどに置くことは難しかった。需要があることに気付いた大野氏は、畳1畳分の小型のワイヤ加工機を開発し特許も取得。大学などの研究機関に多く採用されている。

既に自動車関係の工場などでもSiCインゴットカットといった用途で導入が進んでいるが、今後さらに拡大が期待できるワイヤ加工機だ。新商品発売も目前に控えており、さらに注目を浴びることは間違いない。
早くから多角化経営を行っていた大野精工は、他にもデイサービス事業・障がい福祉事業を行う「株式会社キングケアサポート」、いちご狩りとカフェ、バウムクーヘンが人気の「株式会社キングファーム」といったグループ企業を抱えている。キングファームでは究極のしっとり感が人気のバウムクーヘンをカットする機械を自社開発したり、SNS映えするパフェ用プレートを自社工場で加工するなど、大野氏がハブとなり製造業ともコラボレーションしている。ドッグランの新設が予定されるなど、業績は順調だ。


事業継承は困難の連続
それでも屈せず、理想の会社づくりを目指す
「教師になりたかった」子どものころから続けてきた空手で、世界大会で2回優勝経験を持つ大野氏。単位不足で教員免許を取得できなかったことから大野精工に入社した。製造業についての知識はなく、「3~4年は寝ずに仕事した」という。だが同時に、「これでは仕事は続かない」とも思ったという。気が付いたら上司と呼べる人が誰もいなくなり、自身が部長となった。そして2019年29歳の時に社長に就任。しかしこれも、決算書すら見たことがない状況からいきなりの就任だったという。
社長に就任した大野氏は、「従業員がやめない会社づくり」を目指し、20年近く変更されていなかった就業規則を変え、労働環境を整えた。「経営者として、従業員の幸せを目指すのは当たり前。まずは穴の開いたバケツの穴をふさがないと、求人活動しても、営業活動しても仕方がない。まずは普通の会社をめざそうと思いました」と大野氏。教員を目指していた大野氏だったが、高校で空手部の外部コーチを務め、自身がしたかったのはコーチだったと気付いたことで夢との折り合いもついた。大野精工では中途採用に力を入れているが、教え子が大野精工に入社してくることもあるという。
試行錯誤しながら社長業を続ける大野氏に、再びの試練が襲う。2020年に社長職を解雇されたのだ。大野氏が退職するその日、部長を始めとした従業員が声を上げた。「大野社長が辞めるなら、私たちも全員辞めます」と言ってくれたという。それでは会社は立ち行かない。結局、大野氏は社長を続けることとなったが、株式の譲渡など事業継承はスムーズにはいかなかった。「正直なところ、私自身はどこでも生きていけると思っています。でもそうではない社員もいる。ベトナムから来ている人もいる。だから諦めるわけにはいかない。」資金繰りに苦しみ、経理と一緒に日繰り表を睨む日が1年ほど続いた。助けてくれた銀行への恩は、今でも忘れられない。
プロレスとの出会いが人生を変える
空手で鍛え上げられた強靭な肉体とポジティブなメンタルを持つ大野氏だが、こうした日々は大野氏の精神をすり減らした。毎日作る朝礼資料で、社員に語り掛ける言葉が書けなくなっていた。そんな大野氏を救ったのが、子どもの頃からずっと好きだったプロレスだったという。偶然知り合った名古屋のインディーズプロレス団体の試合を観戦し、試合後に選手とお酒を飲んでいるときに笑い話のつもりで「小学生のときプロレスラーを目指していた」と話をしたら、「それなら今からでもやってみれば」という話になったという。もともと大野氏は空手有段者。身体を鍛えることには慣れていた。そこから練習生となり、厳しい訓練を経てデビューすることとなった。「夢を語れなくなっていたので、自分が小学校の時の夢を叶えるって良いことだよな、面白いよなと。『そんなことできるわけない』と周囲から言われるようなことを自分でやり遂げたいと思ってチャレンジしました」と大野氏。デビューして1年。現在は肩の手術のため休止中だが、回復すれば再びリングに立つ予定だ。
大野精工株式会社は、今期は過去最高の業績を上げている。新たに稼働し始めたベトナムをさらに発展させていくと同時に、スタートアップと組んで商品開発も行っているという。設備販売も好調だ。部品加工から派生した製造業で、更なる事業拡大を目指している。


多角化経営、海外展開、M&Aに加えプロレスと、大野氏は常に時間に追われている。だからこそスピード感ある対応を心掛けているという。社内のコミュニケーションにはLINEやMicrosoft Teamsを使用しているが、新入社員が直接社長である大野氏に連絡をしてくることも多い。会議の時に伝えればいいとなると、それだけで時間がかかる。すぐに連絡できてレスポンスがあれば勝手にPDCAが早くなるというわけだ。その代わり、役職者を飛び越えて連絡が来ることもある。根回しをしっかりすることで、トラブルを生まないよう気を使っているという。
大野精工の社員の平均年齢は30歳ほど。非常に若く活気のある会社なのだ。だからこそコミュニケーションは重視する。モチベーションアップのために目標達成した際には会社からのプレゼントも欠かさない。マグロの解体ショーなど、家族が楽しめるイベントを企画している。「かなり経費はかかってしまいますが、社員の家族も喜んでくれます。そこからコミュニケーションが生まれてくれればいいなと」。

次世代の経営者へ――元気があれば何でもできる!
「元気があれば何でもできる!」――往年の名プロレスラーの格言を、声高らかに上げる大野氏。だがその元気の裏には、語りつくせない辛酸がある。「事業継承で悩んでいる方がいれば、個人的にお話することもできます。なかなかこんな経験をしている人はいないと思います。でもやはり、元気であることは大切ですね」経営というリングの上で、社長は常に闘い続けている。

