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軽量化とマルチマテリアル化で普及が進む接着|産総研と民間企業で世界に挑む「生存戦略」の現在地

軽量化とマルチマテリアル化で普及が進む接着|産総研と民間企業で世界に挑む「生存戦略」の現在地

掲載企業国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)

カーボンニュートラルや省エネ意識の高まりで、プロダクト製造の現場ではかつてない勢いで軽量化とマルチマテリアル化の要求が高まっている。異なる材料を適材適所で用いることで軽さと強度を両立させる設計思想はもはや日常のものとなったが、その中で大きなボトルネックとなるのが部材の接合だ。ボルトやリベットによる物理的な接合は信頼性が高い反面、重量や体積の増加が避けられない。溶接や溶着、さらに拡散接合のような固相接合は小さい体積で接合できる一方、例えば金属と炭素繊維のような異素材同士の組み合わせでは使えない。このような場合に解として思い浮かぶのは「接着剤による構造接着」だろう。

しかし、目に見えて結合状態が分かる締結や溶接などとは異なり、接着ではメカニズムや品質の評価が難しい。実際「高温環境で耐えられるのかわからない」「10年後まで本当に壊れないのだろうか」といった不安の声は現場でも多く聞かれるものだ。接着への工法転換で品質を保証するには莫大な設備投資・人的コストが必要となることも多く、国内の製造業現場で思うように普及が進んでいないのもまた事実といえる。

このような「ブラックボックス」ともいえる接着に対し、国内の接着剤メーカーやプロダクトメーカー49社(2025年度)と国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)が束となって挑む枠組みがある―それが「接着・接合技術コンソーシアム(T-CAB)」だ。産学官連携による研究で接着の未来はどのように変わっていくのか―この記事では最新の研究動向やトレンドを交えながら接着の今に迫る。

この記事の構成

接着の課題を解決する産・官・学連携プラットフォームとは?
 中小企業にも手が届く産官学連携―最先端の接着研究にも“研究費の割り勘”で参加可能
産総研が手がける最先端の接着研究とは?
 実験もロボットで効率化―AI・量子コンピュータなどを活用した最先端の接着研究
これからの接着に求められる要素とは?
 「作って終わり」の時代はもうすぐ終わる―次なるトレンドは“易解体”

中小企業にも手が届く産官学連携
―最先端の接着研究にも“研究費の割り勘”で参加可能

「産総研との共同研究」というと大企業だけの話に思われがちだが、実際は中小企業にも手の届くほどに敷居が下がっている。それを実現するのが2016年に発足した「接着・接合技術コンソーシアム(T-CAB)」だ。産官学連携により最先端の研究に参加できる枠組みとは、どのようなものなのだろうか?


産総研が接着研究を本格化させたのはさかのぼること十数年前、国家主導のとある構造接着プロジェクトへの参画がきっかけだった。産総研内の研究者が一堂に会して構造接着について議論する中で、接着に関する国際競争力の強化と技術統合の必要性が浮上した。このような背景でまず2015年に設置されたのが、現在産総研における接着研究の拠点となっている「接着・界面現象研究ラボ」だ。そしてこのラボを中核として、産官学の連携を行い各社の課題解決と接着の社会実装を促すための場として設けられたのが、「接着・接合技術コンソーシアム(T-CAB)」なのである。

コンソーシアムの主な会員層は接着剤メーカー、化学メーカー、ユーザーである自動車・エレクトロニクス・精密機器メーカーなどで、誰もが名を知る大企業から数十名規模の中小企業まで様々な顔ぶれが集う。主な活動は定期的に行われる情報交換会(アンケート調査を含む)や講演会、ワーキンググループにおける共同研究の立案、産総研内外における接着研究拠点の整備などだ。情報交換会の場には各社が抱える「納期が逼迫している中、信頼性の高い接着剤を作りたい」「新素材に対応した接着剤が欲しい」といった切実な課題が寄せられる。多くの企業に共通した課題はワーキンググループ化されより深い議論へと進むほか、特にニーズの多いものは各社の共同研究という形でプロジェクト化され実際の研究開発に進む。

産総研では、コンソーシアムを含む様々な現場から持ち寄られた課題を解決すべく日夜研究に励んでいる。高品質な接着を実現するために欠かせない、サンドブラストや火炎処理、プラズマ処理などの表面処理技術についてもまた、取り扱うテーマの1つだ。

「接着・接合技術コンソーシアム(T-CAB)」における会員区分と会費

法人会員A:年間30万円(ワーキンググループを含めすべての活動に参加可能)
 →実際に課題を持っていて、解決手段を探している企業におすすめ
法人会員B:年間5万円(情報交換会や講演会などの参加が可能)
 →「接着のトレンドだけまず知りたい!」という企業におすすめ
※プロジェクト化された共同研究に実際に参加するには、別途研究費の出資が必要

ワーキンググループの様子

特筆すべきは、コンソーシアムでは市場でシェアを争うライバル企業同士が同じ枠組みの中で腹を割って議論する、いわば「呉越同舟」を実現している点だ。通常のBtoB連携ではなかなか難しいこのような枠組みを実現できたのはなぜか。コンソーシアム代表の田嶌氏は「我々は国の研究所(国立研究開発法人)なので、特定の企業との利害関係や市場の奪い合いがありません。中立の立場である我々が主導することで、各企業の利害に関係なく業界全体に寄与する研究を進めることができるのです」と説明する。産総研が中心となって共通基盤技術を作ることで、国内産業に“最大公約数”を提供するのが同コンソーシアムの狙いだ。

複数企業で手を組むメリットはほかにもある、それが研究費負担の削減効果だ。接着に関する研究は設備が大掛かりなものとなるため、1社で研究を行おうとすると莫大な先行投資が必要となる。これに対し、同じ課題を持ち寄った複数企業と産総研でグループを組めば、集まった会社の数で研究費を「割り勘」できる。産総研の既存の研究設備も活用することもできるため、企業にとっては最小限の投資で最先端の研究成果を手にすることができるのだ。「過去には10社以上が集まったプロジェクトもありました。課題によっては何千万円という費用が掛かるものもありますが、各社で費用を出し合う形とすることで、少額出資で参加できる接着接合基盤技術共同研究体(ABC-U)という組織体も構成しています。ここに参画することで、少額の出資で課題解決ができるのは中小企業にとっても大きなメリットとなるはずです」。同じ課題を持った企業が多く集まれば集まるほど、より規模感の大きな研究・検討を実施でき、課題の早期解決を図れるというわけだ。

接着・接合技術コンソーシアム代表:田嶌氏 (材料基盤研究部門 接着・界面研究グループ 研究グループ長)

実験もロボットで効率化
―AI・量子コンピュータを活用した最先端の接着研究

研究というと研究者が地道に実験を繰り返すイメージをしがちだが、近年ではロボットやAIをフル活用したスマートな研究も数多く行われている。「開発リードタイムの短縮」や「長期信頼性の保証」といった課題にショートカットルートをもたらす最先端の研究をご紹介しよう。


接着剤には数十種類以上の異なる材料が用いられており、それらのコンマ数パーセントの組み合わせによって接着強度や信頼性などの諸特性が大きく変わってしまう。組み合わせのパターンは無数に存在するため、人間の手によって都度1つ1つ実験して所望の接着剤を作り出すのは非常に時間のかかる作業となる。そこで産総研ではデータ駆動型研究(研究DX)を取り入れ、各材料の物性データをもとに量子コンピュータが有力な組み合わせのみをフィルタリングし、さらにAIによってその中から最適な組み合わせを提案させることで接着剤開発にかかる時間を大幅に短縮するシステムの開発を行っている。これはNEDOプロジェクト(量子・古典ハイブリッド技術のサイバー・フィジカル開発事業)の1つとして行われているもので、接着剤メーカー、ユーザー企業、大学とも連携して進められている。「研究DXを活用することで、各性能同士のバランスも評価できます。例えば放熱などの機能を持つ接着剤(機能性接着剤)では『放熱性は上がるが、代わりに接着強度は落ちる』などトレードオフの関係になることがあります。量子コンピュータとAIを用いることにより、このような場合でもいくつかのパターンを迅速に試すことができるのです」と田嶌氏。「限られた納期の中で所望の接着剤を開発したい」という各社の切実な課題に、1つのショートカットルートを生み出しつつあるのだ。

システムの学習ソースとなるデータについても高品質なものを取得できるよう工夫を行っている。接着剤開発の現場において、最大の敵と言えるのが「属人性」だ。接着剤は材料の組み合わせだけでなく塗布量や硬化条件などによっても大きく性能が変わってしまうため、量産現場では属人性を排除するために様々な塗工装置が開発・利用されている(関連記事1関連記事2)。このような仕組みを産総研では研究開発のための試験片作製でも取り入れた。産総研では試験片への接着剤塗布から接着、試験炉への搬入をロボットが自動で行う装置を開発しており、今後、ロボットが24時間365日自動で実験を進めることで、実験作業者ごとのばらつきを無くした高品質な実験データの大量取得が可能になると考えられる。

自動化システムの様子

長期信頼性担保の切り札となるか

―AIで接着剤の寿命予測を目指すプロジェクトも進行中

高性能な接着剤も、長期にわたる信頼性を評価できなければ製品には使えない。この問題を解決するための研究が、2026年現在目下進行中の「寿命予測PJ」だ。研究DXの発展形ともいえるこのプロジェクトでは、加速劣化試験(試料をあえて過酷な環境に置くことで、通常の何倍もの速さで劣化を進める試験)のデータをもとに、劣化を引き起こす熱や空気中の水分といった要素をAIがシミュレーションすることで「10年後、十分な強度でくっついているか」を高精度で予測できるシステムの開発を最終目標としている。これらの取り組みは、接着における積年の課題であった長期間の信頼性担保への一つの切り札となることが期待されている。

このほかにも、エレクトロニクス分野などで用いられる微細な接着技術の研究(精密接着PJ)や、接着界面(接着剤と対象物が接している微細な領域)の状態を把握する研究(界面PJ)など、共同研究体では接着や表面処理などの領域に関する幅広い研究を行っている。加えて多種多様な試験方法の開発も進めており、これらはISO化も図っている。研究開発のなかで構築した標準接着試験片は実際に各県の産業技術センターなどに配布し、各試験に供されているという。

ラボの様子

「作って終わり」の時代はもうすぐ終わる
―次のトレンドは“易解体”

製造業界は長年「いかに安く高品質なものを作るか」を追求し様々な技術を生み出してきたが、SDGs意識が高まる昨今ではさらに考慮すべき事項が増えた―それがリサイクルだ。「作って売る」のその先を見据えた接着技術とはどのようなものなのだろうか?


欧州における自動車の(自動車設計・廃車)ELV規則に代表されるように、現在のものづくりでは製品ライフサイクルの終着点までを見通した設計が求められ始めている。リサイクル率の向上とリサイクル材の品質担保を実現するためには素材単位で厳密に解体しなければならないが、接着によって組み立てられた製品ではこの分別に大きな課題が残る。使用中に壊れないよう十分な強度で接着させようとすると、解体時に簡単に剥がすことができないのだ。そこで現在世界的にも大きなトレンドとなっているのは「必要なときに剥がせる」すなわち易解体性を持つ接着剤だ。

このトレンドに対応して、産総研でも熱や光といった「トリガー」によって剥がれる接着剤の研究を進めている。「易解体といえども、例えば接着剤を使って組み立てた車が走っている途中で分解するようでは意味がありません。長期信頼性と剥がしやすさという2つの性能を両立できる接着剤を生み出すために、今後も研究を進めていきます」と田嶌氏。その一例として産総研では2024年にミドリムシ由来の多糖と脂肪酸(パラミロン)を原料とするバイオベースの易解体性接着剤を発表。このほかにも前述のNEDOプロにおいて、同様にユースケースとして易解体性接着剤をAIと量子コンピュータを用いた予測から開発するプロジェクトも進めている。

接着技術の更なる進化と市場投入を目指して

―産学官「オールジャパン」で世界市場に挑む

世界を見渡せば巨大資本の大手接着剤メーカーが市場を席巻しているほか、ドイツには研究者数百名規模の接着専門研究所が存在するなど、国内と海外では圧倒的な規模の差があるのが現状だ。この険しい市場環境の中で日本の接着技術・製品がイニシアチブを取るには、他の接合技術に変わる「実用的な」手段としての接着を確立するだけでなく、サーキュラーエコノミーにも適合した接着技術を社会実装することが不可欠である。

「今後は石油フリーのバイオベース接着剤や、振動吸収などの機能を持った機能性接着剤の需要がますます増えてくると考えています。しかし、そのような複雑な接着剤の開発や耐久性の評価には莫大なコストがかかります。我々はコンソーシアム会員企業の課題解決を通して、新たな接着技術を市場投入できるようお手伝いしていきます」と田嶌氏。

1社では立ち向かえない壁も、

まとまれば乗り超えられる―産総研・T-CABでは今後も、産官学、

“オールジャパン”の体制で新たな接着技術の社会実装を目指していく。

掲載会社情報

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研:AIST)

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