業界特別企画
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金型や鋳造企業で奮闘する女性経営者らが集まり、これまでの苦労や、これからの明るい未来を拓く人材育成の考え方などについて語る。 進行役は、ものづくり補助金などの制定にもかかわった元中小企業庁長官・元総理大臣補佐官。
長谷川 本日はお集まりいただきありがとうございます。本日の進行役を務めます。まずは皆さんの自己紹介と、これまでの会社経営で大変だった時のエピソードをお伺いしましょうか。
小倉 栃木県足利市の金属プレス企業の副社長を務めています。創業102年を迎えることができたのも、お客様、地域や官公庁の方々のご支援のおかげです。私が役員に就任する前、今から20年以上前ですけれども、主力取引先がM&Aされてしまい、当社の120億の売り上げが65億まで落ち込み、また新工場建設直後という時期でもあり100億円に近い大借金を負うことになりました。社員や周囲の皆さまに支えられ、どうにかこうにか経営を工夫し、乗り越えました。当社ではこれまでロボットなどの研究開発に力を入れており、それがこの10年くらいの間で成果として花開いてきています。研究開発では「ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)」にとてもお世話になりました。常務を務める私の息子が人材育成に取り組み、若手世代を引っ張ってくれています。これからも新分野に挑戦しながら、200年企業を目指していきます。
長谷川 ありがとうございます。手塚さん、いかがでしょうか?
手塚 建機や鉄道部品など大型の鋳物が得意な群馬県の会社を経営しています。先代である私の父が亡くなって大きな借金も残していきました。その責任を負えるのが私しかおらず家業を継ぐことにしました。父は昔から、「うちの鋳物は焼き芋より安い。すごく手が掛かるのに」とよく嘆いていて、このような赤字必至ともいえる厳しい世界に女性が入るということは想定外でした。父の死後3年目の2004年に入社した当時の会社は、カリスマ社長を失ってまるで舵が折れた帆船のようでした。2007年に社長になりましたが、ものづくり補助金、手形支払、型保管費、減価償却の一括償却、といった中小企業支援政策に助けられてきました(注1)。今は、より安定した経営を目指して取り組んで、最近は技術力も上げて発注先の大手メーカーと対等に価格交渉できるようになってきました(注2)。
注1:手塚氏は国会で2度、答弁をしている。発注企業とパートナー企業が対等であるべきだという議論を展開している。
注2:長谷川元総理補佐官が起案した製造業向け施策。
長谷川 それでは、キョーワハーツの坂本さんお願いします。坂本さんは、2025年の次期社長になる予定ですから、経営者としての苦労はこれからですかね。
坂本 はい、そうなんです。当社は、横浜市にある微細精密プレスメーカーで、金型の設計製作、量産まで対応しています。創業73年を迎えるのですが、私が幼児だった頃は、1階に工場があって、2階に自宅があるような工場でした。後に今の所在地に移転しました。小さなころから現場をうろうろしていました。2代目が自宅のリビングで何か書類を書いていたのですが、それが後からものづくり補助金の書類だったことを知りました。当社はものづくり補助金を6回活用しています。もともと、孫請け・子請けの仕事が多かったところ、このおかげで開発案件が受けられるようになるまでになりました。新しい設備も導入でき、お客さまも増え、大手企業とも取り引きが直接出来るようになりました。
長谷川 ありがとうございます。ものづくり補助金などで皆さんのお役に立てており、心からうれしく思います。
人材確保や育成、どうしていますか?
長谷川 設備と並んで人材が企業の生産性を上げる鍵です。皆さんの会社での人材確保や育成について、どうお考えか聞いてまいりましょう。まずは手塚さんから、いかがですか?
手塚 鋳物業は体力を使う労働が多く、13年以上前からベトナム実習生が大切な働き手となっています。近年人材の確保や定着がますます難しくなっている中で実習生制度が2年延長でき(通算5年)、さらに特定技能制度ができていよいよ日本人と同等の人材として「共に働くパートナー」となってきました。日本人社員も簡単なベトナム語のあいさつを覚えたりして仲間として大事にしています。「社員一人一人の成長が会社の成長」として社外の研修や資格取得を積極的に受講するほか、社内研修も毎年工夫しながら行っています。男性がほとんどの職場ですが、女性の班長さんが活躍していることは私の自慢です。
坂本 私の会社は、総勢20人ほどですが、私が入社するまでは中途採用が中心でした。外国人の技能実習生の方を採用したこともありましたが、継続していただくことがなかなか難しかったと聞いています。私の入社後のミッションは新卒の採用となり、3年連続で1~2人ずつ採用しました。細やかな作業が多いので女性にも向いているのではと思い、女性の採用にも力を入れています。新人を教える側の育成や技術伝承も課題になっていて、動画教材やアプリの採用など、若手のリーダー社員と一緒になってDXに取り組んでいます。
小倉 技能実習生を含めて、フィリピン人とインドネシア人、合計で47人います。従業員は皆、私の子どもみたいなものです。「会社は、人である」という松下幸之助さんも言っていますが、当社に入社した時は、人を育成する仕組みが全くありませんでした。そこで「人が活躍できる場がなければならない」と考えまず教育や採用に力を入れました。製造業では重要な取り組みである5S活動にも力を入れました。そこで生まれたのが「オグラ式 足利流5S」です。「社員が創る世界一の魅せる化5Sテーマパーク工場」というコンセプトは社員たちが自発的に言い出したことで、私も「いいねぇ! すごいね!」と非常に心が動かされました。おかげさまで世界から累計5000人を超える方に工場見学に来ていただけています。NCネットワークさんの工場見学会が、この取り組みを発想するきっかけを作ってくれたんですよ!
皆さんの心の支えは?
長谷川 皆さん、素晴らしいですね。この場に集まってくださった皆さんもそうですが、NCネットワークに集まる経営者の皆さんは責任感が非常に強く、「助けてくれ」ではなく、「自分たちで何とかしよう」という気概を持った方が多く、そして結構、明るいですね。実は、皆さんのこうした点に安倍晋三元総理大臣は感銘を受けていて、NCネットワークや(小倉氏、手塚氏、坂本氏が参加する)「ものづくりなでしこ」の皆さんとの交友が好きでした。最後に、そんな皆さんの心の支えとなっていることがお尋ねできたらと思いますが、いかがでしょう。
手塚 私の心には「この会社を何とかしたい」という非常に強いパッションがあります。リーマンショックの頃は毎月のように大赤字でぼうぜんとしましたが、会社を生活の糧にしている100人の社員―仲間である彼らこそが私の支えでした。初めは私が社員を守るんだと気負いましたが、実は、支えられているのは私だったのですね。仲間たちとともに働けることが喜びです。
小倉 最初にお話しした経営危機の時は、利息だけで2億3000万円とか払っていました。「死のう」となってしまうほどなのかと思いますが、私には「額が多すぎて、何人死んだって返せないわね」と開き直りみたいなものがありました。そうやって、とにかくやれることをやっていくと、奇跡って起こるものだなぁと。あの当時、まだ若かった社員たちが、今は幹部を担っていますが、「あの時より辛いことはない。何でも乗り越えられる」と言ってくれています。本当にすごいですよ、社員の力は。だから私は、この先のことも何も心配していません。
坂本 当社には「できないと考える前に、できる方法を探そう」という前向きな考えをする社風があり、そのような従業員の皆さんの頑張りに支えられ、当社の今があるのかなと思っています。私にはまさにこれから大変なことが待っていると思うのですが、小倉さんや手塚さんのような方々のご経験、パワフルさに刺激を受けながら邁進していきたいと考えています。
長谷川 普段から、チームで「誇り」を作り上げていくことが大事だと思います。「誇りがあれば辛い局面でも立ち向かって乗り越えていくことができる。だから日本人の誇りを大事にしたい」―安倍元総理大臣の言葉です。今回、皆さんのお話を聞いていて、あらためて考えさせられました。ありがとうございました。
「もの補助」誕生、廃止、そして復活ばなし
ものづくり補助金は、私が中小企業庁長官当時、リーマンショックへの対策として2009年に制定しました。ヒントをくれたのは東成エレクトロビームの上野保会長さん。『長官、モノづくり企業は受注する時に、「私たちの実力からすれば、本当はもっとレベルの高い製品を作れるのに」と内心では思っているんです』と教えてくれました。
リーマンショックの後遺症で仕事が減り、社員の手も余った。私は「今こそ受注がなくても自分たちの実力をフルに生かしたモデル製品を作って、社外へアピールすれば、ショック回復時に向けた市場開拓ができるのでは?」と考え、その際のモノづくり設備を補助する予算を取りました。その後、民主党政権は事業仕分けで廃止しましたが、安倍政権が誕生して、以前の倍の予算額になって復活。若手官僚が「ぜひ復活を!」と声を上げ、日本のモノづくり力の重要性が確認されました。(長谷川)